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福岡高等裁判所 昭和47年(ネ)184号 判決 1973年10月15日

控訴人

株式会社

九州相互銀行

右代表者

山下治之

右訴訟代理人

三原道也

被控訴人

不二興産株式会社

右代表者

福田広宣

右訴訟代理人

日野魁

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人に対し金五四〇万五〇〇〇円およびこの内金五二八万七五〇〇円に対する昭和四二年一一月一二日以降完済に至るまで年六分の割合による金員、内金一一万七五〇〇円に対する右同日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が相互銀行法に基づく相互銀行であり、被控訴人が非鉄金属、合金鉄、鉱産物、石炭、コークス等多種類の商品の販売および輸出入等を業とする会社であること、被控訴人が光陽商事より石炭の買付をしていたが、昭和四二年八月三〇日被控訴人の八幡支店長が控訴人の相浦支店長宛に控訴人主張のような(1)(2)の支払証明書を作成して交付したこと、被控訴人が右各支払証明書記載の約束手形二通の振出交付もしくは送付をしなかつたことはいずれも当事者間に争いがない。

二そこで、控訴人は第一次請求として被控訴人が控訴人宛に右各支払証明書記載の手形を振り出すべきであつたと主張するので、先ずこの点につき検討する。

1  たしかに、控訴人主張の(1)(2)の支払証明書の末尾には、「尚本手形は当方より貴行へ直接送付致します」なる文言があるので、これからすると、あるいは控訴人主張のように被控訴人の振り出すべき手形は控訴人を名宛人とするかの如く見る余地がある。そのうえ、原審および当審証人瀬尾牧雄、同安部康夫の各証言中には、控訴人の相浦支店長安部康夫、同代理瀬尾牧雄においても、右文言から控訴人を名宛人とする手形が振り出されるものと考えていたことを窺える部分がないわけではない。

しかし、右各支払証明書の記載を仔細に見るとき、その本文の冒頭には、「光陽商事に対し……手形を発行する」と明記されているうえ、右記載と右証人安部康夫および原審証人杉野博の各証言によれば、右各支払証明書記載の各手形は被控訴人の同商事に対する石炭代金支払のために振り出されるものであることが容易に認められるので、これから考えると、右支払証明書未尾の尚書以下の文言をもつて控訴人主張のとおり解すべきものと断ずることは困難である。

2  のみならず、右各支払証明書が作成されるに至つた経緯について見るに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  九州電力が相浦および大村の各発電所で使用する石炭(四〇〇〇カロリー、四五〇〇カロリーの粉炭)は被控訴人や光陽商事等が納入していたのであるが、その納入量については九州電力から割り当てられた枠があつて、実際の納入業務は同商事が行なつていたものの、割当の枠に応じて納入業者名義を区別していた。すなわち、同商事が直接九州電力へ納入するもの(四〇〇〇カロリーの粉炭の場合は「光陽四〇粉」、四五〇〇カロリーの粉炭の場合は「四五粉」と略称されていた。以下同じ。)、同商事から被控訴人を通じて九州電力へ納入するもの(「不二四〇粉」)、同商事から被控訴人、さらに大幸鉱業株式会社を通じて九州電力へ納入するもの(「大幸四五粉」)、同商事から右大幸を通じて九州電力へ納入するもの(「大幸四五A粉」あるいは「大幸四〇A粉」、右の大幸四五粉と区別するため「A」の符号をつけていた。)等であつた。右のうち大幸四五粉等について被控訴人から光陽商事へ代金を支払う場合は、被控訴人の八幡支店長が同商事宛に当該石炭代金額を額面金額とする約束手形を振出交付して決済していた。一方、右のようにして手形の振出交付を受けた同商事はこれを控訴人の相浦支店で割引を受けることによつて、資金繰りを行なつていた。

ところが、被控訴人の八幡支店が同支店長名義で行なつていた手形振出は、昭和四二年三月ごろから被控訴人の東京の本社で代表者名義をもつて行なうことになつたため、同商事が現実に手形の交付を受けるのは従前のやり方に比べて少なからず遅れることになり、それだけ同商事の資金繰りが苦しくなつた。そこで、同商事の代表者夏吉八郎は従前に比べて手形の交付を受けるのが遅れる間の融資を控訴人の相浦支店から受けようと考え、同年六月ごろ被控訴人の八幡支店長付杉野博(しかし、同支店長島常二郎は本社総務部長兼任のため八幡支店に顔を出すことが少なく、杉野が代つて同商事との折衝に当つていたので、控訴人や同商事では同人を支店長として取り扱つていた。)とともに控訴人の相浦支店を訪れ、やがて被控訴人から振出交付を受ける約束手形を、入手後直ちに割引を受けてその割引金をもつて弁済に充てるので、それまでの間の融資を申し込み、杉野もまた被控訴人としても同商事をバックアップするので是非とも融資してほしいと口添えした。

(二)  そして、同年七月一四日ごろ、同商事が被控訴人に対して石炭を積み出した後被控訴人本社がその代金支払のため手形を振り出すのに先立ち、被控訴人の八幡支店長名義で控訴人の相浦支店長宛に、被控訴人が同商事に対して同月末までに金額二〇〇万円、満期同年九月一一日の約束手形を振り出すことを証明する旨の同年七月一四日付支払証明書(甲第五号証)を控訴人に差し入れて、控訴人の融資金回収の不安を除去することとした。控訴人の相浦支店は、これに応じて同月一五日同商事に対し金二〇〇万円、弁済期同月末日とする同商事単名の手形貸付を行なつた。

次いで、前同様に被控訴人が同商事に対して同月末までに金額二六九万六九二五円、満期同年九月一一日の約束手形を振り出すことを証明する旨の同年七月二四日付支払証明書(甲第六号証)の差入によつて、控訴人の相浦支店は同月二五日やはり同商事に対し金二七〇万円、弁済期同月末日とする同商事単名の手形貸付を行なつた。

右貸付金はいずれも同年八月一七日被控訴人振出の前記各支払証明書記載の約束手形二通が同商事から控訴人の相浦支店に渡されて割引され、これを右各貸付金の弁済に充てられたことによつて回収された。

(三)  同年八月一日、被控訴人は同商事が八月分石炭(大幸四五粉一三〇〇トン)を積出完了後、同商事宛に金額二七四万九五〇〇円、満期同年一〇月一一日とする約束手形を振り出すことを証明する旨の同年八月一日付支払証明書(甲第七号証)の差入によつて、控訴人は同商事に対し金二七五万円、弁済期同月末日とする同商事単名の手形貸付を行なつた。そして、右貸金は前同様に被控訴人が振り出した右支払証明書記載の約束手形を同年九月一日控訴人において割り引き、その割引金をもつて回収された。

(四)  以上を通じて、控訴人の相浦支店の前記安部、瀬尾らは被控訴人が三菱鉱業株式会社の子会社であることから、被控訴人振出の手形について何の心配もしていなかつたし、また前記各支払証明書記載の手形がそのとおり振り出されることを信じ、これが振り出されない場合を全く予想していなかつた。

(五)  さらに、同年八月三〇日被控訴人の八幡支店員杉野は同支店長名義で前記(1)(2)の支払証明書(甲第一、第二号証)を作成して控訴人に差し入れるとともに、前記夏吉を帯同して控訴人の相浦支店を訪れ、同商事への融資を依頼したので、控訴人の前記安部、瀬尾は右各支払証明書末尾記載の前記尚書以下の文言により被控訴人が控訴人宛に約束手形を振り出して送付してくれるものと思い込み、右各支払証明書記載の石炭積出のない場合や、あるいは石炭が積み出されても手形の振り出されないことがある場合まで全然考え及ばず、貸付を行なつても右手形を入手すればこれを割り引くことによつて必ず回収できるものと信じて、同年九月一日同商事に対し金六九五万円、利息日歩二銭八卅、弁済期同月三〇日、遅延損害金日歩五銭とする同商事単名の手形貸付を行なつた。

(六)  一方、前記杉野においても、前記(1)(2)の支払証明書があるからこそ控訴人が同商事に対して右のような貸付を行なつたことを十分認識していた。

以上の事実を認めることができる。これに反し、本件以前の手形(甲第五ないし第七号証の支払証明書記載の各手形)がすべて控訴人宛に振り出されていたかの如き<排斥証拠略>は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  右認定事実によれば、本件以前に三回にわたつて被控訴人が振り出した手形はすべて光陽商事宛であること、被控訴人の手形振出業務が八幡支店から東京の本社に移り(その間の事情は本件では明らかにされていない。)、各支払証明書だけは被控訴人の八幡支店で発行されているのであるから、これらの事実から考えると、被控訴人の八幡支店としては本社の振り出した手形を控訴人の相浦支店へ直接送付することまでは約し得ても、本社へ連絡して被控訴人と直接取引関係に立たない控訴人を名宛人とする手形を振り出させることは到底考えられないところである。

従つて、前記(1)(2)の支払証明書は、その作成に至る事情を加味して考えるならば、控訴人と被控訴人のほか光陽商事をも加えた三者の間で、控訴人が同商事に貸付を行なうけれども、同商事の被控訴人に対する売掛代金債権(これまで被控訴人が同商事宛に振り出した約束手形で決済されてきており、従つて右売掛代金支払のために振り出される手形)を担保とし、被控訴人から同商事宛に手形が振り出された場合は、控訴人は被控訴人から直接その送付を受けたうえ、直ちにこれを割り引き、その割引金をもつて先の貸付金の回収に充てることとし、被控訴人はこれを承諾するという内容の合意と見るのが相当である。右支払証明書が単なる事実の通知であるに過ぎないという被控訴人の主張は採用できない。

してみれば、被控訴人は右各支払証明書によつて控訴人に対し直接控訴人を手形権利者とすることを約したものではなく、控訴人が手形上の権利を取得するのは専ら控訴人と光陽商事との間における別個の行為によるべきものである。特に右各支払証明書末尾記載の尚書以下の文言は、被控訴人が単に手形そのものを控訴人に送付するだけのことを合意したにとどまり、同商事が控訴人の割引を受けることなく他へ裏書譲渡することがあるかもしれず、かかる危険を防止するのに被控訴人が協力するという程度のものというべきである。

4  そうすると、控訴人は前記(1)(2)の支払証明書によつて直接手形上の権利を取得するいわれはないから、被控訴人に対して手形金の支払を求める第一次請求は理由がないといわなければならない。

三次に、被控訴人が前記(1)(2)の支払証明書記載の手形を控訴人に送付しなかつたこと前示のとおりなので、控訴人の第二次請求につき判断する。

1  先ず、右支払証明書記載の石炭が積み出されたかどうかにつき検討する。

(一)  <証拠>を総合すると、光陽商事が昭和四二年九月中に大幸四五粉と略称される石炭二五七五トン積み出したこと、そして九州電力の検量および規定以上の水分を除いた結果支払の基礎となる数量が二五四二トンであつたことを認めることができる。

もつとも、<証拠>には、被控訴人が前記大幸鉱業に売り渡した同月中の大幸四五粉と略称される石炭は二二四二トンに過ぎず、右大幸鉱業から概算払として合計金四四七万三五〇〇円(二三〇〇トン分、単価トン当り金一九四五円)の支払を受けた旨の記載があり、<証拠>中にもこれに副う部分があるけれども、前記甲第一九号証(出荷表)は、<証拠>によれば、出荷積出の都度記入したものであることが認められるのに対し、右乙第四号証は具体的な裏付もないうえ、<証拠>によつて被控訴人と光陽商事との間の決算済について被控訴人内部の書類であることが窺われる<証拠>には、被控訴人から同商事へ支払われる右石炭の単価が金二一一五円である記載があつて、これと対比するとき、売却単価が仕入単価より低額であることになり、結局乙第四号証の記載をそのまま採用することはできない。

従つて、同商事が被控訴人に対して昭和四二年九月中に積み出した大幸四五粉と略称される石炭は少くとも前記(1)の支払証明書記載のとおり二五〇〇トン積み出されたものと見るべきである。

(二)  次に、前記(2)の支払証明書記載の大幸四〇粉と略称される石炭一〇〇〇トンについては、これが積み出されたことを認むべき証拠は何もない。

かえつて<証拠>を総合すると、昭和四二年八月から同年一〇月までの間光陽商事が取り扱つて九州電力へ納入した四〇〇〇カロリーの粉炭は大幸四〇A粉、光陽四〇粉、不二四〇粉と略称されるものだけで、大幸四〇粉と略称されるものは全然積み出されていないばかりか、そもそも九州電力から納入割当の枠さえなかつたことが窺われる位である。(もつとも、<証拠>中には、前記(2)の支払証明書中「大幸四〇粉」とあるのは「大幸四〇A粉」と記載すべきものを誤つたので、「A」なる文字が脱落している旨の部分がある。しかし、大幸四〇A粉と略称される石炭は被控訴人の手を経ることなく光陽商事から前記大幸鉱業を通じて九州電力へ納入されるものであること前示のとおりであるから、被控訴人がこれに関して約束手形を振り出す理由はなく、勿論支払証明書を発行する理由もないこと明らかである。従つて、右証言を採る余地はない。)

2  そこで、右のように大幸四五粉と略称される石炭の積出があつたにもかかわらず、被控訴人が前記(1)の支払証明書記載の手形を振り出さなかつたこと前示のとおりであるから、その経緯について検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実が認みられる。

(一)  光陽商事の代表者夏吉八郎と被控訴人の八幡支店員杉野博が控訴人の相浦支店を訪れて前記(1)(2)の支払証明書を差し入れて融資を依頼した結果、控訴人が同商事単名で金六九五万円を手形貸付したのであるが、このうち貸付利息金五万八三八〇円と手数料一〇三〇円、従前から貸付のうち元本の内入として金一〇万円と昭和四二年八月一日から同年九月三〇日までの利息あるいは遅延損害金一万九二三〇円、同様に元本の内入として金五〇万円と前同期間の利息あるいは遅延損害金二万八四四〇円、同様に元本の内入として金二〇万円と前同期間の利息あるいは遅延損害金八万二〇一二円、先の金二七四万九五〇〇円の手形の割引料金三万三八七三円と手数料金一〇〇円、未給付口掛金二口合計金五万円、甲第七号証の支払証明書を担保として貸し付けた金二七五万円の同年八月三一日、同年九月一日の二日分の利息金一六五〇円を差し引いて、結局金五八七万五三八五円を光陽商事の当座預金に振り替えたところ、同商事は同年八月末日を満期とする多数の支払手形のほかにも貸金の返済に追われていたため、右貸付の現実の手取額だけでは右手形の決済ができず、手形交換所から警告処分を受けるに至り、慌てて被控訴人の八幡支店へ泣きついた。そこで、同年九月二日右杉野から控訴人の相浦支店へ電話があり、被控訴人から光陽商事へ金五〇〇万円を送金するので、同商事が取引停止処分を受けないよう控訴人において手配してほしい旨伝えてきた。そして、同月三日が日曜日であつたことから、翌四日被控訴人の八幡支店の依頼によつて控訴人の戸畑支店から相浦支店へ同額の電信送金があつたので、同支店ではこれを一旦杉野博名義の別段預金として受け入れた後、光陽商事の口座に振り替え、同商事は同日これで手形の決済をした結果、取引停止処分を受けることを免れた。

(二)  光陽商事の帳簿には、同年九月一九日に同年九月分四五粉五二五トンの分として大幸鉱業から額面金一一一万三七五円の手形(満期同年一一月六日)を受け取り、これを被控訴人への内入として支払つた旨記載されている。

(三)  そして、同年九月二八日光陽商事は同年九月分の不二四〇粉の分として額面金九〇万円(満期同年一一月一一日)、四五粉四六〇トン分として額面金九七万二九〇〇円(満期右同日)、四五粉一三〇〇トン分として額面金二七四万九五〇〇円(満期同年一二月一一日)の各手形を被控訴人から受け取り、右のうち金九〇万円と金九七万二九〇〇円の手形二通は潜水商事の割引を受け、金二七四万九五〇〇円の手形は長崎相互銀行の割引を受けている。そのほか、同年一〇月四日被控訴人から炭代引当として金二五万円が佐賀銀行の光陽商事の当座預金に入金されている。

(四)  控訴人から光陽商事に対する金六九五万円の前記貸付については、同年一二月三〇日から昭和四四年一月三一日までの間に金一五四万五〇〇〇円が内入弁済されたものの、その余の支払がなされないまま、同商事の代表者夏吉八郎は所在を眩してしまつた。

以上の事実が認められる。<排斥証拠略>

なお、右認定事実のうち「四五粉」の分として振り出された手形二通については、前記甲第一八ないし第二〇号証の記載に従えば、「大幸四五粉」以外に四五〇〇カロリーの粉炭を積み出した形跡がないので、右「大幸四五粉」を指すものと認めるほかない。また、昭和四二年一〇月四日支払の金二五万円が同年九月分の「大幸四五粉」の支払としてなされたものであることを認むべき証拠はない。さらに、同年九月二九日の金一一一万三七五円については、<証拠>には被控訴人が同額の同年九月分大幸四五粉五二五トンの石炭代金を同日前記金五〇〇万円と対当額で相殺勘定した旨の記載あつて、被控訴人と光陽商事とではその処理の仕方が符合せず、しかも同商事の帳簿上大幸鉱業からの入金をもつて被控訴人に支払われたとすることは、そのままこれを採用するにはいささか理解に苦しむところではあるけれども、右証拠を併せ考えるならば、そのころ大幸四五粉九月分五二五トンの代金一一一万三七五円については同商事と被控訴人との間で金五〇〇万円の内入として決済されたものと見るべきである。

これに対して、同年九月二八日金九七万二九〇〇円と金二七四万九五〇〇円の手形については、前記認定の割引の事実からしても、かかる手形振出の事実を否定することはできない。そして、<証拠>中には、これらが同年一〇月分として積み出さるべき石炭代金の前渡金であるとする旨の部分がある。これまでの手形による決済の事実に徴するとき、金二七四万九五〇〇円の手形の満期が同年一二月一一日であることから、これを同年一〇月中に積み出さるべき石炭代金に関するものと見ることができるけれども、金九七万二九〇〇円の手形についてはその満期が同年一一月一一日であることから、やはり同年九月分の石炭代金の支払として振り出されたものと見るべきである。従つて、この点についての右証言部分は採用できない。因みに、<証拠>によつて窺い得る同年一〇月分の出荷数量とその支払関係を仔細に検討すると、右の手形金を同月分の支払に含めた場合、積み出された石炭の代金額に比べて支払額が遙かに上廻ることになる。

<証拠>には、被控訴人が昭和四二年九月三〇日大幸四五粉代として金一九〇万三五〇〇円および金一八五万六二五円をそれぞれ前記金五〇〇万円の債権と対当額で相殺した旨の記載があるけれども、前記認定から窺えるように光陽商事においてはこれについて何ら記録されていない事実に照らし、かつ右乙号各証が被控訴人の内部で処理される書類であることを考えると、これをその記載のとおり採用することには、未だ疑問を払拭しきれないといわざるを得ない。しかしながら、同年一〇月分の大幸四五粉と略称される石炭の代金については、未だ積出をなさない時期に前渡金として支払われたこと前示のとおりである以上、すでに積出が完了して代金支払債務の発生した同年九月分の石炭について被控訴人がその代金を未済のまま放置していると考えることは到底できないところであるから、同年九月中に積み出したと認められる大幸四五粉二五〇〇トンのうち右に説示した五二五トンおよび四六〇トンを除くその余の分の代金については被控訴人と同商事との間で相殺勘定されたものと認めるのが相当である。

3  そうすると、被控訴人は、昭和四二年九月積出の大幸四五粉と略称される石炭の代金支払として光陽商事宛に金九七万二九〇〇円の手形を振り出しただけで、その余の分については遂に手形を振り出さなかつたということになる。

(一)  右のうち金九七万二九〇〇円の手形については、前記(1)の支払証明書の内容が同年九月分大幸四五粉と略称される石炭の積出によつて被控訴人がその代金支払のため光陽商事宛に振り出した手形を控訴人に直接送付するというものである以上、たとえ右支払証明書記載の金額と異なるものであるにせよ、右支払証明書による約定の効力は右金九七万二九〇〇円の手形にも及んでいると見なければならない。そうだとすれば、被控訴人がこれを控訴人に直接送付することなく、同商事に交付したことは右支払証明書による約定に違背したものである。被控訴人が右手形を控訴人に送付しなかつたことについて被控訴人の責に帰すべからざる事由によるものであることを認むべき証拠は何もないので、この違背により、結局控訴人が被控訴人から手形の直接送付を受けることによつて防止しようとした同商事から控訴人以外の他者へ譲渡される危険が現実化し、そのため控訴人が手形を現実に握持したうえ、その手形の権利者となる機会を奪われたものというべきである。

(二)  また、右のうち手形の振り出されなかつた分については、すでに被控訴人と同商事との間で代金決済が終わつたことすでに前示のとおりであるが、被控訴人が前記(1)の支払証明書を控訴人に差し入れることによつてなした約定は、すでに先に認定した事実に徴すると、被訴人が直接控訴人に対して手形振出の義務を負担したものではないけれども、手形によつて表彰される売買代金債務が控訴人の担保の目的になつており、しかもその事情を知悉したうえで被控訴人から控訴人へ直接送付することを約したものであるから、手形を振り出すかどうかを全く被控訴人の恣意に委ねたものと見ることはできない。被控訴人が右支払証明書によつて約したのは、手形の直接送付と同時に、被控訴人が特段の事情のない限り従前と異つた支払方法をとらないことも含まれていると見るのが相当である。そうでなければ、被控訴人から控訴人へ直接送付する約定そのものが被控訴人の意のままになつて実効性を失い、右支払証明書差入の趣旨たる担保の効力もほとんど無意味なものになつてしまうと考えられるからであつて、このようなことは右支払証明書差入の際の双方の意思に反するものと見るべきである。

そこで、被控訴人が石炭積出の完了により従前の如くその代金を手形によつて決済することなく、前記金五〇〇万円の債権と相殺勘定したことが特段の事情に基づくかどうかを検討する。

これについて<証拠>には、被控訴人から光陽商事へ送金した金五〇〇万円を前渡金である旨の記載があるけれども、右記載は右送金の後のことであつて、原審証人杉野博、同島常二郎の各証言によるも、右送金当時これを前渡金としていたことを認めるに足りず、他にこれを認むべき証拠はない。むしろ、右送金前後の経緯から見ると、同商事に対する融資と認めるのが相当である。而して、被控訴人の右金五〇〇万円の融資が当時の同商事の窮迫した状態から考えると、あるいは被控訴人の主張するとおり同商事の倒産必至の状態を救わんがためのものであつたといえるかもしれない。しかし、だからといつてこのことだけで控訴人が担保権者ともいうべき立場でもつている利益を被控訴人において尊重しなければならない義務まで免除したと見るのはいささか困難である。まして、被控訴人のなした一方的な債権回収は、右の立場にあり、そのうえ被控訴人が他に不二四〇粉と略称される石炭の代金債務を有してい自己の債権の満足を図る手段がありながら、控訴人に一言の了解を得ることもなく、その努力をした形跡もない本件においては尚更のことといわなければならない。被控訴人が同商事の窮状打開を強調するならば、控訴人の本件支払証明書に基づく金六九五万円の貸付もまた同様の事情に基づく面があることを否定することはできない。

従つて、被控訴人主張の事情だけをもつて、特段の事情ある場合といえず、被控訴人が殊更従前と異つた支払方法をとり、ひいては前記(1)の支払証明書による手形送付をしなかつたことを正当化するものではないというべきである。

そして、控訴人が同商事に対する金六九五万円の貸付のうち少くとも前記(1)の支払証明書記載と同額について回収不能による損害を蒙つたことは明らかである。

4  控訴人は前記(2)の支払証明書による債務不履行をも主張するけれども、昭和四二年九月中に右支払証明書記載の大幸四〇粉とされる石炭の積出が全くなかつたこと前示のとおりであるから、右支払証明書記載の手形の振出もしくは送付を論ずる余地はないといわねばならない。(なお、右支払証明書記載の石炭については当初から積出予定のなかつたこと前示のとおりであるから、右支払証明書差入当時すでに条件不成就の確定したものとして、右支払証明書は効力を生じなかつたと考えることもできる。)

5  よつて、控訴人の第二次請求は前記(1)の支払証明書に関する金五二八万七五〇〇円とこれに対する昭和四二年一一月一二日以降完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は棄却を免れない。

四さらに、前記(2)の支払証明書記載の金額のうち金一一万七五〇〇円とこれに対する昭和四二年一一月一二日以降完済に至るまで年六分の割合による金員についての第三次請求について判断を進める。

被控訴人の八幡支店員杉野博が光陽商事の代表者夏吉とともに控訴人の相浦支店を訪れ、同支店の前記安部、瀬尾に前記(2)の支払証明書を差し入れて融資を依頼した結果、同人らがこれを信頼し、貸付金の回収が確実なものと信じて、同商事に対して右支払証明書記載金額を含めて金六九五万円を貸し付けたこと、しかしながら、右支払証明書記載の大幸四〇粉と略称される石炭が昭和四二年九月中に積み出されなかつただけでなく納入先の九州電力から納入割当さえ受けておらず、従つて右支払証明書差入当時積出予定もなかつたこと前示のとおりである。そして、控訴人の同商事に対する右貸付が僅かに金一五四万五〇〇〇円を回収するに止まり、その余が回収不能であることもまた前示のとおりであるから、控訴人が前記金一一万七五〇〇円の損害を蒙つたものといわなければならない。

そうすると、右杉野博の控訴人に対する不法行為が成立することは容易に肯認することができるので、同人の使用者たる被控訴人は控訴人に対して右金一一万七五〇〇円とこれに対する右不法行為の後である昭和四二年一一月一二日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、控訴人の第三次請求は右の限度で理由がある。

五以上を総合すると、控訴人の第二次請求中金五二八万七五〇〇円とこれに対する昭和四二年一一月一二日以降完済まで年六分の割合の金員、第三次請求中金一一万七五〇〇円とこれに対する右同日以降完済まで年五分の割合の金員の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容すべきであるが、第一次請求全部と第二次、第三次請求のうちその余の請求は理由がないので棄却すべきである。よつて、これと一部異る原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条但書を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを附さないこととし、主文のとおり判決する。

(池畑祐治 生田謙二 富田郁郎)

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